四十の一部始終

今年で四十歳になりました。二日に一回更新が目標。

リドリー・スコット『ナポレオン』鑑賞。

ギネスブックによれば歴史上の人物でもっとも多く映画に登場した人物はナポレオンらしい。真偽はともかくとして、日本国内ではそこまでの印象は無いものの海外ではとにかく手垢の付きまくった題材なわけだ。毀誉褒貶ある人物が多くの作家によって色んな切り口で描かれるというのは、日本で言えば織田信長のような感じか。

 

ナポレオンに話を戻すと、それを今度はあの『エイリアン』や『グラディエーター』で知られる映画監督リドリー・スコットと、最近『ジョーカー』で話題をさらったホアキン・フェニックスグラディエーターにもコモドゥス役で出ている!)によって映像化されるというのである。どうなるかは分からないにせよ、その話を聞けば誰だってちょっとは期待すると思う。多分。

 

個人的にリドリー・スコットはその脚本とは関係なく映像だけ見てもそれなりに満足するものを見せてくれる映画監督の一人であると思っている。ちょっとこれストーリーは擁護できないぞと思った『プロメテウス』でさえ映像はとても良かったのだ。だから『ナポレオン』も映像だけでもそれなりに満足できるんじゃないかと思ったわけだ。

 

結論からいえば、確かに映像は凄かった。1789年のフランス革命の狂乱真っ只中のパリ、皇帝ナポレオン絶頂期の圧勝劇だったアウステルリッツの戦い、ナポレオン最後の戦いとなったワーテルローの戦いなど、十分にお金と人と手間がかけられており非常に見応えがあるのは間違いない。

 

ただひとつ言えるのは……ナポレオンの生涯をたった二時間半で描くのはどうやっても無理だということだ。そのためにはなんらかの話の軸を設けて、それに合わせてストーリーを展開させていくことになる。そしてこの映画の選んだ軸というのが、ナポレオンとその妻ジョセフィーヌとの関係であった。ナポレオンの最後の言葉は「ジョセフィーヌ」だったそうなので、この映画はつまりそこから逆算したような物語になっている。

 

ナポレオンの生涯という点で言えばとにかくめちゃくちゃに端折られている。この作品でも物語の始まりはナポレオンが20歳のときに起こったフランス革命からで、元はコルシカ島の貧乏貴族出身だったとかそういうところにはまるで触れないし、政治的に何をやっただとか腹心が誰だったとか戦った相手がどういうやつだったとかも全くない。そういうことは全て知っていること前提で話が進む。

 

最初にトゥーロン攻囲戦で戦功を上げて出世、フランス革命後のごたごた起こった反乱を鎮圧しさらに出世、ジョセフィーヌに出会って結婚とここまでは史実に沿いつつテンポもいい。だがこの後は主にナポレオンとジョセフィーヌとの関係がメインとして描写されることになる。色々あって皇帝にまで上り詰め、勝ったり負けたりしつつ51歳で流刑地セントヘレナ島で亡くなるところまではやるのだがその合間合間にジョセフィーヌとの愛憎入り交じったような関係が挿入される。おかげでジョセフィーヌが不倫したり死んだりしたからナポレオンが戦争しているようにすら見えてしまう。

 

ここで描かれるナポレオンの姿がとにかく等身大というか情けなさ全開で、跡継ぎを授かるためにスマホいじりするみたいなジョセフィーヌにヘコヘコ腰を振る短足小男のナポレオンだったり、不倫したジョセフィーヌの家財道具一式を外に放り出すナポレオンだったり終始そんな感じで、日本語版のポスターには「英雄か悪魔か」みたいなコピーが踊っているがそもそもそういう映画ではない。戦争の天才ナポレオンによる欧州全土を巻き込んだ歴史ものみたいなのを期待したような客にとっては呆気に取られること間違いないだろう。まあナポレオンを描いた作品なんか腐る程あるんだから、そういう切り口の作品があってもいいと思う。でもそれが面白いかどうかは、また別の話なのだ。歴史ものとして物足りないのは仕方ないのだが、ナポレオンとジョセフィーヌの愛の物語として見ても物足りないのだから。

 

公開された後になって、4時間あるディレクターズカットがある!とか言い出すのもこの作品に対して辛辣になる原因のひとつである。わざわざ映画館まで足を運んだのが馬鹿みたいに思えてしまうからだ。でもディレクターズカット版はジョセフィーヌとのエピソードをさらに増々にした感じらしいので、見たいかどうかと言えば別に見たくはならない。リドリー・スコットは2024年にグラディエーター2が公開される予定らしいが、だいぶ不安になってきたというのが正直なところである。グラディエーターは今見ても無茶苦茶面白いのにな。