四十の一部始終

今年で四十歳になりました。二日に一回更新が目標。

『特別編 響け!ユーフォニアム~アンサンブルコンテスト~』鑑賞。

四年ぶりのアニメ『響け!ユーフォニアム』の新作は、思った以上に『響け!ユーフォニアム』のままだった。これはなんてことのないように思えるが、もしかしたら二度と『響け!ユーフォニアム』の続きを見ることはできないとさえ思っていたこともあったのだから、今回の”アンサンブルコンテスト”は上映開始の瞬間から既に目に涙が滲んでしまった。本当に嬉しくてしょうがなかったから。

 

”アンサンブルコンテスト”、通称アンコン編は原作『響け!ユーフォニアム』の短編集『北宇治高校吹奏楽部のホントの話』収録の中編エピソードを映像化したものである。物語は前作『誓いのフィナーレ』のすぐ後から始まり、夏の吹奏楽コンクール関西大会をダメ金で終えた北宇治高校吹奏楽部は三年生が引退し、次期部長に指名された黄前久美子の元新たなスタートを切る。そして12月に行われる全国アンサンブルコンテストに次の目標を定めた。アンサンブルは指揮者なしの3人から8人までの少人数編成。部員たちはそれぞれチームを作り、校内予選を行って代表チームを決めることになったというのが今回のお話。

 

原作は100ページ強とまあまあの長さがあるのだが、はっきり言ってそれほど大きな山や谷のある話ではない。映像化されたこのアンコン編も最近流行りのODS(非映画デジタルコンテンツ)であって上映時間も58分程度、長さ的にも内容的にもさしずめファン向けのOVAを特別上映しているようなもの。よって映画的な盛り上がりのあるストーリーを想像していると肩透かしを食らうことになるだろう。かと言って見どころが無いのかと言えばそんなことはない。ずっと新作を待ち焦がれていたファンとしては見るべきところしかない!

 

今回は久美子の部長としての初めての大きな仕事。三年生が引退してもなお60人を越える吹奏楽部でアンサンブルのチーム編成に四苦八苦し、知恵を絞って慣れない部長職に奮闘することになる。それと同時に今回始めてフォーカスされた、釜屋つばめというコンクールメンバーになったことのない部員との交流を通して久美子の部長としての資質も同時に描かれる。これまで色んなトラブルに首を突っ込み、二年生になってからは下級生の面倒を見てきた久美子の成長を感じられるお話だ。

 

生っぽいキャラクターの芝居と青春キラキラ感も健在だし、お馴染み北宇治カルテットの四人の掛け合いも相変わらずで安心感がある。その中でもひときわ特別な関係である麗奈ともまた一歩進んだ関係になっているのも見ていて嬉しい。駆け引きをしながらお互いの距離感を図ろうとし、その腹の中が分かれば肩をぶつけあってじゃれ合う二人。そのまま尻を蹴り合うかと思ったくらいだ。

 

『誓いのフィナーレ』では過去の出来事から上級生に壁を作っていた一年生の奏がアンコン編ではひたすらかわいい。久美子に対抗心を燃やしてシャドーボクシングしてみたり、久美子が夏紀に会いに行くとなれば理由もないのについていって甘えてみたり、とにかく先輩が好きすぎてしょうがない感じが溢れている。『誓いのフィナーレ』が駆け足な展開だったせいかそういう素直な可愛さのあるシーンがあまり無かったので、今回のサービスっぷりは嬉しいところ。

 

そして一年生の最初の頃から吹奏楽部にいながら、今回ようやくスポットライトの当たった二年生の釜屋つばめと、同じチーム高坂のメンバーであった井上順菜、森本美千代の存在。この三人はアニメから登場したキャラで、その後原作のアンサンブルコンテストで逆輸入されたという経緯もあって出番を楽しみにしていたのだが、わずかな出番とはいえその点では期待以上だったと言える。

 

井上順菜は一年生のときにシンバルを担当していたのでピンポイントで印象の強いキャラだったのだが、今回あまりにも性格が良いのでなんだか人気が出そうな気配があるし実際かなり好き。森本美千代は一年生のときにはわりとぽっちゃり系だったのに、すっかりダイエットに成功してただの美少女になってしまった。世の中にはそういうのが好きな人もいるんだぞと言いたい。別にいいけど。同チームの小日向夢は原作二年生編のエピソードが『誓いのフィナーレ』では無かったことになってしまったので、もうちょっと何らかの補填が欲しかったが……。

 

今回特にお気に入りの描写が、楽器準備室で久美子と奏が話しているときに希美のフルートが聴こえてくるところ。『リズと青い鳥』でみぞれとの才能の差に打ちのめされた希美も今は吹奏楽部を引退し、のびのびとした音色を奏でている。たったそれだけのことなのになんだか嬉しくなってしまった。原作では希美が後輩に演奏を指導する場面だったのだが、こういった音での表現ができるのも映像作品ならではだと思う。

 

 

しかしながらアンコン校内予選の本番の演奏シーンがまさかのカットだったのは初見時には大変驚いた。今作のクライマックスにあたる部分だと思われていたからだ。緻密な演奏シーンはアニメ『響け!ユーフォニアム』の大きなウリだったし、少なくともこれまではそうだった。それをまるごとカットしてしまうというのは、正直言って作り手の意図を計りかねた。

 

小説である『響け!ユーフォニアム』という作品が映像化されるにあたって大きな付加価値が2つあって、それは”音楽の演奏”と”その他大勢の部員たち”だと思っているのだが、原作小説からはもちろん音楽は聴こえてこないし、部員たちも基本は久美子の主観で進む話なので周囲の人間以外は特に細く描写する必要がなかった。だが映像化されたら話は別で、実際に演奏しなければならないし部員もしっかりとそこにいなければならない。部員は画面に映るたびにデザインや担当楽器が変わってはいけないから、それだけの固有のキャラクター設定を用意しなければいけなくなる。そうやって生まれた多種多様な部員たちと、その設定に基づいた描写を見ることが出来るのもアニメ版の醍醐味であった。

 

だから演奏の代わりと言っては何だが、久美子たちメインキャラ以外の部員たちの描写が厚くなったのは今回非常に良かったと思う。OPで”オーメンズ・オブ・ラブ”と共に流れる写真には引退した三年生が多く出ていたし、途中のアンコン参加チーム形成過程や練習風景、チーム高坂の演奏曲『フロントライン~青春の響き~』に合わせて紹介される各アンコンチームの描写には色々と想像の余地がある。そういうものが少しでもあるとないとでは大違いなのだ。特にパーカスの堺万紗子さん、あなたそんな感じだったんだ!?

 

思えば『誓いのフィナーレ』で追加された新入生、『リズと青い鳥』に出演していたフルートパートや低音パートを除いた一年生たちの印象は正直かなり薄かった。TVシリーズの27話かけて描かれた一年前の部員たちと比べると登場時間があまりに短すぎだったのだが、今回のこまごまとした出番でようやく血の通った存在に感じられるようになったと思う。この後三年生編が始まりさらに三十人以上の部員が追加されることを考えると、今の時点である程度今いる部員たちを印象付けておくことは必要なことだったのかなと思えた。

 

だが色々考えて見てもやはりアンコンの演奏シーンカットは残念でならない。演奏風景自体は以前描かれた公式イラストがあるので、それを見て想像するしかないようだ……。

 

 

アンコン編、総合的に見れば二年生編で足りなかったものを補いつつ、三年生編での布石を打つという、どう評してみても”二期と三期のつなぎ”とか”三期に向けた準備体操”とか”三期の出来を占うベンチマークテスト”みたいになってしまうので、コアなユーフォファン以外にとってどう感じているのか正直分からないのだが、来年の春から始まるTVシリーズ三期で久美子たちが三年生になってからは、話の展開に気の休まる暇がないと思うので、今こういう限りなく日常編に近い幕間の話がやれたのは長期シリーズ作品としてよかったんじゃないかというのはより後になってから感じると思う。

 

超高校級の実力を持つ麗奈がメンバーを集めたにも関わらずチーム高坂がアンコン代表を取れなかったこと自体、北宇治全体の層が厚くなっていることを示しているし、今回のエピソード自体葉月やつばめの非コンクールメンバー含めた北宇治吹奏楽部全体の底上げをして、三年生編での全国金賞を狙っていくことへの説得力にもなっているので、いきなり『誓いのフィナーレ』から三年生編に直接飛ぶよりはアンコン編を挟んで良かった。当初はアンコン編の映像化は予定されていなかったというのが嘘のようだ。

 

そして最後に流れる三期の予告映像、新キャラのユーフォニアムが奏でるムーンライト・セレナーデの蠱惑的な音色が底知れなさを感じさせて非常に良かった。原作は既に最後まで全部知っているけど期待せずにはいられない。来年の春が楽しみだ。生き延びよう。初日に三回映画館で観て、先行販売のブルーレイを買って満足するまで見返していたら一週間が過ぎていた……。