四十の一部始終

今年で四十歳になりました。二日に一回更新が目標。

『THE FIRST SLAM DUNK』鑑賞。

『SLUM DUNK』が週刊少年ジャンプに連載されていたのは、自分がちょうど小学校高学年から中学生にかけての頃だった。その人気は留まるところを知らず、野球やサッカーの地位を脅かしつつあった。世はまさにバスケブーム。当時のスラムダンクとはそういう社会現象レベルの漫画だった。

 

かくいう自分も小学校のバスケ育成チームに任意参加したりしていたのだが、はっきりいって下手くそだったのでしばらくしてバスケをやることは無くなった。中学生になり多くの男子が仮入部でバスケ部に入るなか(そしてその多くが本入部はしなかった)、文化部を謳歌しつつもジャンプ本誌で最終回を見届けるまでスラムダンクを読み続けた。

 

大人になってからも、自衛隊に入隊したとき教育隊の教官の一人がスラムダンクマニアで、作中の名台詞だけで会話が成立するレベルの人であった。自分も読者だったおかげで訓練をちょっと大目に見てもらい教育期間を乗り越えることができた。自分がスラムダンクマニアというわけではないが、読んだことがあるというのがいつか大きな財産になることもある。自分にとってはそんな漫画だった。

 

 

そんな思い出がありつつも『THE FIRST SLUM DUNK』は公開初日に観に行かなかった。なぜなら公開前のプロモーションを見たうえで作り手を信じることができなかったからだが、TVアニメ版に対する思い入れは特に無かったし、声優変更についてはもう三十年近く前の話だから仕方ないと割り切っていた。それでも不安は拭い去れなかった。

 

だが実際観てみると思った以上にスラムダンクだ。上映が始まってすぐに手描きで現れる湘北と山王のスターティングメンバーたち。その時点で作品に対する不安は吹き飛んだ。というかこれをPVとしてYoutubeで公開したほうがいいんじゃないかと思う。様子見してる人も絶対観に行くだろう。

 

試合中は井上雄彦の画風に極めて寄せられたCGモデル。コート上の十人が縦横無尽に動き回る。これぞまさに動く漫画、バスケの試合そのものを見ているようだ。バスケ素人の桜木がちゃんと素人っぽい動きをしているのにも好感が持てるし、あいつを見ている観客の気分はこんな感じなのかと感心する。そしてスピーディーでシームレスな試合展開とリアリティにただただ興奮するばかり。これは昔のTVアニメでは絶対無理な表現だっただろう。

 

ただリアルに寄せれば寄せるほど、湘北が遅延行為と言われても仕方ないような問題を試合中に起こしすぎなのは気になってしまう。桜木が机の上に乗っかって「ヤマオーは俺が倒す!」と宣言するのは正直リアリティラインを越えてしまっている。退場だろ、そんなの。そういう点でリアリティを追求しすぎることへの弊害は感じなくもなかった。元は少年漫画なんだから、あまり気にするところじゃないのは分かってはいるつもりなのだが……。

 

そういうリアリティを追求した結果原作にあるコミカルな部分は大半が無くなってしまった。パンフレットを読むと、漫画では作者がコントロールすれば済んでいたものを映像として落とし込むことができなかったからだそうだが、そういうところはちょっと寂しいと感じてしまった。あと魚住もどうにかして出せなかったのだろうか……さすがに包丁を持って試合会場に現れるのは問題ありすぎるか。

 

そしてこの『FIRST』の主人公は、宮城リョータである。え? 山王戦で宮城? 個人的に原作の山王戦における宮城は活躍をしていながらも、それほどフォーカスが当たっていたキャラクターとは思っていなかったのでこれは意外すぎた。基本的には桜木と流川、その次が赤木と三井、宮城リョータはその次くらい。スポーツ漫画屈指の名勝負とされる山王工業戦だが、原作では宮城を中心に試合を見た人はかなり少ないだろうと思うくらいの扱いだったはずだ。この映画でも宮城を主人公にしつつも、終盤は原作通りの展開なのでやっぱり桜木が主人公っぽくなってしまうからややちぐはぐな感じはしてしまう。

 

宮城リョータ自体は原作ではほとんど選手交代せず、藤間・牧・深津などのエースプレイヤーとマッチアップし好勝負を繰り広げるという、湘北にとってなくてはならない存在にもかかわらず、登場したときからほとんど変化のない完成されているキャラクターという結構都合の良い存在であった。井上雄彦もその辺は悔いがあったらしく、今回掘り下げられたことでようやくキャラクターとして完成された感がある。

 

試合の合間合間に挿入される宮城の過去。彼にも相当な葛藤があって試合に臨んでいたことが伺える内容だったが、さすがに三十年近く経ってようやく判明したバックボーンだけあって、思ってたのと違うと感じる人も少なくないと思う。

 

原作の主人公は桜木だし、他のキャラも作品を通しての積み重ねが大事なのでこの一本の映画の中で全てを描写するのは無理だ。したがって原作既読済みの人間と、この映画で初めてスラダンに触れた人間にとって最もフラットな存在が宮城だったのかなと思うと、映画としての一本の軸を求められたとき、彼が主人公として抜擢されたというのには納得はできた。

 

だが原作既読済みの視点だとこの映画の結末には正直違和感があった。原作者で今作の監督でもある井上雄彦スラムダンク奨学金を主宰しているので、そういう事情を考えるとこういう結末にもなるかな……と納得しつつもやはり違和感はある。沢北の回想描写も含めて、この結末ありきの展開に思えてしまった。

 

http://slamdunk-sc.shueisha.co.jp/index.html

 

宮城リョータを主人公としたスラムダンク、としてはとても良かった反面、やっぱりあれも無いしこれも無いし……といった、山王工業戦の映像化としては不満が残ってしまう。だってそれはしょうがない。原作を見なかったことにはもうできないから。でもそれはこの作品の出来が良いからこそ、余計に夢を見てしまっているからというのもあると思う。前半はかなり思い切った省略をされてしまうので、丸男(河田美紀男)のくだりはほぼほぼカット。映画だけだといきなりいる変なデカい奴でしかなくなっている。

 

映像化された部分の試合に関しては文句無いので、もう一回見るとしたら試合の部分だけ繋いだのを観てみたい。特に終盤の残り40秒。ここははっきりいって原作を越えている。原作の素晴らしさを、アニメーションという表現がさらに上質なものに仕上げている。ここだけでも観る価値は十分にあった。

 

「………26年間も 待たせやがって……」