四十の一部始終

今年で四十歳になりました。二日に一回更新が目標。

誰が為に君は鳴く。

 

4月から6月にかけてはカラスの繁殖期である。ウチの庭にある樹齢100年程度のクスノキにも、毎年のようにカラスがやってきては巣を作り、卵を産み、巣立った幼鳥のカラスと共にしばらく庭をうろついた後、気がつけばどこかにいなくなる。そんな自然の営みが毎年のように繰り返されていた。

 

今年も庭のクスノキにカラスが巣を作っているのに気が付いたのは4月中旬頃だった。巣作りの時期になると、家から畑に向かう途中にやたらと木の枝や洗濯バサミ、ハンガーが落ちているのだ。ハンガーとはいわゆるクリーニング屋の針金ハンガーである。頭上を見ると、そこには作りかけのカラスの巣があった。脚立程度ではまるで手の届かない高さだったので、しばらくの間手を出さずその巣作りを見守っていたのだが、ある程度まとまった形になってきたときに鉄パイプを繋いだ長い棒で下から突いて持ち上げ、下に落とした。その落ちてきた巣を見ると、どっからそんなに針金ハンガー持ってきたんだ?と驚くはずだ。ゴミはちゃんと責任持って処分してほしいと思う。

 

頑張って作った巣を破壊するのはさすがに忍びない。巣の素材を持ってきたのに、何が起こったのか分からない……というように首を傾げているカラスを見ると心が痛む。ではなぜ巣を壊すのか。それはカラスの卵が孵ってヒナが生まれると、親カラスの警戒心が強くなり攻撃的になるからである。これまでもヒナに手を出したわけでもないのに攻撃されたのは一度や二度ではない。縄張りに入っただけで攻撃される可能性はあるのだ。しかしこちらからすれば後からやってきて縄張りを主張するんじゃないと思うのは当然のことである。ウチは15代続く百姓であり、言うなれば数百年前からこちらの縄張りなのだ。

 

鳥獣保護法によってカラスも保護されているとはいえ、向こうが攻撃し始めてきたらこちらも何もしないわけにはいかない。そうなればもはや戦争である。そうなる前にお引取り願うために巣を壊すしかないというわけだ。だが一回で諦めてくれればいいのだが、大抵そうはならず同じ場所にまた巣を作り始める。そしてまた壊す。何回かイタチごっこを繰り返した後に、ようやくカラスも学習したのか今度はこちらの手の届かない木の頂点付近に巣を作り始めた。そうなるとこちらも諦めざるをえない。後は開戦の火蓋が切って落とされないことを祈るだけだった。

 

それから特に目立ったトラブルもなく一ヶ月ほどが経った。何かがあったとすれば日中カラスの鳴き声がやたらと煩いくらいだ。気付けば巣立ったばかりの幼鳥のカラスが庭のあちこちをうろつくようになっていた。大きさは成鳥の半分ほど。まだ黒光りもしていないくらいの羽と細いくちばし。たまたま側に降り立ったときに近づいてみても逃げもしないくらいの警戒心の薄さだったが、近くには親カラスが常に見張っており威嚇の鳴き声を上げる。そんな様子にしょうがねえなと思いつつも、どこか微笑ましく見守っていた。実力行使に出てこないのならこちらだってそれくらいの余裕はある。

 

それが二週間ほど続いた今日、悲劇は起こった。庭にカラスの死骸が落ちていた。それを見つけたとき、すでにハエが集っており死んでいるのは一目で分かった。それが幼鳥のカラスであることも。おそらく地面に降り立ったときに猫にでも襲われたのだろう。ウチの庭にはどこからかやってくる野良猫もうろついているからだ。鳩も猫にやられて死んでいることはしばしばあるし、珍しいことでも何でもないことのはず……だった。

 

庭に死骸をそのままにしておくのは衛生的にも問題があるし、今回ばかりは弔ってやろうと畑に穴を掘って埋めたのだが、死骸を運んでいる途中、その姿をどうも親鳥に見つかったらしい。幼鳥を埋めた場所でしばらくの間嘆きとも怒りとも付かない鳴き声を延々と繰り返していた。その後こちらの姿を見るたびに明らかに自分に向かって威嚇の鳴き声を上げるようになった。なんか……冤罪をかけられている? 

 

殺ったのは俺じゃない!と言いたいところだったがカラスにそんなことが理解できるはずもない。カラスは人間でいう七歳程度の知能を持っているらしいのだが、七歳では生死の概念すらまだ満足に理解できていない頃だったはずだ。そのせいか今日は一日中カラスに粘着されていた。こちらを見つけるたびしきりに威嚇の鳴き声を向け続けられるのはさすがにちょっと嫌な気分だ。もしかして、顔覚えられちゃったかな……しばらくの間頭上に気をつけないといけないようだ。