四十の一部始終

今年で四十歳になりました。二日に一回更新が目標。

『響け!ユーフォニアム3』第4話”きみとのエチュード”の感想。

 

結局アニメで触れるのか? 触れないのか? と原作既読の身であればこそずっと気になっていた、現在の北宇治吹部の低音パートにおける唯一の男子・月永求のお当番回である。二年生編は駆け足で過ぎ、三年生編も尺はカツカツなので無かったことにされる可能性がなきにしもあらずだった月永求のエピソード、原作に散らばっていた描写をこの一話に集めつつも、作品の奏者が変わればこそのまた違った意味合いを帯びた物語となった。毎年恒例のサンフェス回ということもあり、アニメでは出番が削られがちだった久美子の中学生時代の友人・佐々木梓も立華高校の部長として活躍している様子が描かれ、ファンとしては嬉しい回になった。

 

今回のエピソード、まずは月永家の墓参りの場面から始まる。求の祖父は二年生編で北宇治を下した龍聖学園の吹奏楽部顧問である月永源一郎。その両側にいるのは求の両親である。原作によると母親は私立中学の吹奏楽部顧問、父親は小学校の金管バンドの指導者という音楽一家であり、求が音楽の道に進むのも必然であった。求は少し離れた場所から手を合わせており、グレーチング(鉄の網みたいなやつ)によって二人の間に何らかの溝があることが匂わされている。今回のタイトルは”きみとのエチュード”。エチュードとは練習曲の意味だ。

 

北宇治のサンフェス練習の場面。前回は麗奈に泣かされたが今回の練習ではなんらかの手応えを感じている眼鏡のタケカワさんと、それを見て強く頷く義井沙里(サリー)。多少のトラブルはあったものの、最悪に近かった部の雰囲気も好転しうまく回り始めたようだ。ドラムメジャーである麗奈はバトンを投げる練習をしているが、練習のときはダメダメだった先代の優子に比べて既にめちゃくちゃ完成度が高い。トラックの上を歩く久美子と奏はまるで五線譜の上をまっすぐに進んでいくようでもあり、このまま順調にサンフェスの日を迎えると思われたのだが……。

 

おそらく佳穂にフルネームを呼ばれたことがきっかけで声を荒げる求とそれを諌める川島緑輝(みどり←ここ注目)。よくよく考えればふたりとも自分の名前・名字を呼ばれることに抵抗を感じている二人である。完全にお姉さん的な振る舞いをする緑輝に対して、牙を抜かれたように大人しくなる求。帰り道では部内で求と特に距離が近い緑輝だけが彼の変化を気にかけていた。今回は求回だが緑輝回でもあり、緑輝と久美子との絡みが非常に多いので一年生からの付き合いである二人の関係にも注目したいところ。

 

高校吹奏楽に明るい麗奈は月永という名字で源ちゃん先生の関係者ではないかと薄々感じていた。誓いのフィナーレでも関西大会直前にそういった描写があり、久美子に対して分かっていたけど黙ってるみたいな反応をしていて、緑パイセンは大人だな…と思っていたがここでは少し違ったニュアンスのようで聞かないというよりは聞けなかったと言う感じ。サンフェスでは北宇治の次が龍聖の番ということもあり、求と源ちゃん先生が接触する可能性が出てきてしまうことに気付く久美子だったが、緑輝は求の音楽に対する真剣さを信じて余計な詮索をせず様子を見ようということになりサンフェス当日を迎える。

 

ここで個人的に最高のサプライズが起こった。原作ではわずかな描写に過ぎなかったが、立華高校の部長として活躍する佐々木梓の姿がきっちりと描かれた! 佐々木梓は久美子の中学校時代の友人であり、その後は北宇治の近所にあるマーチングの強豪校立華高校に進学し吹奏楽コンクール京都府大会や合同演奏回などで顔を合わせることになるのだが、アニメでは主に一年生編のみの登場に留まっていた。その後麗奈と並び立っても見劣りしないレベルの奏者に成長しており、久美子を嫉妬させる場面もあったのだがアニメでは触れられていないエピソードである。強烈なリーダーシップを発揮して皆を鼓舞する姿は、スピンオフで描かれたより後の佐々木梓の姿としてはとても納得のいく描写であった。

 

そしてその隣にいるのはまさかユーフォのスピンオフ小説である『立華高校マーチングバンドへようこそ』に梓の同級生として登場した名瀬あみかではないのか!? 先輩だった小山桃花と同じ髪型になっている。そして梓と同学年であるボブカットの双子、西条姉妹。眼鏡の戸川志保。どれか分からんけど志保と肩組んでるのが的場太一か? 立華のアニメ化は絶望的と言われていただけに、マーチング描写は無かったものの今回出てきただけでも嬉しかった。「笑顔じゃなければ?」「立華じゃない!」の掛け声もまさかの映像化でテンションはうなぎ登り。それとは対照的に久美子の「北宇治ファイト~」はあまりにも緩く締まらない。それを見て嫌そうな顔をする奏。立華には代々受け継がれてきた強豪としての矜持があり、ここでも成り上がりの北宇治との差が見て取れる。これで芹菜らしき人影が客の中に混じっていたらもっと良かったのだが高望みしすぎか。マジでここだけ何回も見ちゃう。

 

北宇治の顧問滝と美智恵先生に挨拶をする龍聖学園の特別顧問(原作によると顧問より上の指導者扱い)源ちゃん先生こと月永源一郎。おそらく月永求のこともあって滝に挨拶しているのだと思うが、そのつもりはなくても去年のコンクールのことを思うと若干嫌味っぽく見えなくもない。原作では源一郎と滝が関係者席で談笑しているのを見た久美子が、求がコンクールメンバーに選ばれたことについて邪推しているのだが話のうえでノイズになると思ったのかアニメには出てこない。

 

本番前。弥生のキュロットがほつれていたので、通りかかった真由がそれを応急処置で直す。低音の一年生は休んでいたこともあって前回の真由の衝撃発言を聞いていないからか、真由のことをママ先輩と呼んでいて慕っている。まだ北宇治バイアスが掛かっていない一年生だからこそ単純に善意で行動している真由は支持を集める。こういう温度差の違いは後でトラブルの種になるかもしれない…と北宇治の出番を前にして龍聖学園での求の友人だった樋口が登場。原作では演奏終了後に来るのだが構成がちょっと変更になっている。樋口にとっては源ちゃん先生と求のことを思っての行動だったが求は激昂して雰囲気を悪くしてしまう。後で判明する源一郎への感情を思うと樋口にもちょっと当たりがキツすぎる気がするが、この辺は原作とアニメで求が北宇治にやってきた経緯が少し変更になったことのしわ寄せかもしれない。そして北宇治のマーチングの演奏は省略されてサンフェスは終了。残念だが原作もこんな感じなんだよね……。劇場版総集編とかあったら多分目玉の追加シーンとして描写されるかもしれないのでそれを待つしかない。365歩のマーチは自由曲の一年の詩と掛けた選曲なのだろうか?

 

サンフェスの撤収準備をしている北宇治。実は吹奏楽初心者であったタケカワさんを麗奈が褒めるのは、麗奈の成長も感じさせるいい描写だ。麗奈はやる気があって頑張ってる子のことはわりと認めるよね、葉月とか。その麗奈をこれまで北宇治のドラムメジャーを勤めた田中あすかや吉川優子を絡めながら褒める久美子もまた良い関係だ。求を探しているのか辺りをうろうろしている樋口を発見し同時に声を掛ける久美子と緑輝。原作では樋口に絡まれる求を緑輝を口実に引き離す場面だったがかなり違うシーンになり、原作の樋口が登場する複数の場面を結合したようなシーンになっている。

 

ここで久美子たちは求の姉(原作での名前は満(みちる))が三年前に亡くなっていることを知らされる。そのときにひどく落ち込んでしまった求を案じた月永源一郎は龍聖学園に赴任してくることになったたのだが、求はそれを嫌って北宇治を選らんだのである。久美子は求の事情を勝手に決めつけていた自分を恥じ、楽器ケースの持ち手をぎゅっと掴む。緑輝は求の事情を深く追求しなかったことを逃げていたように思うと表現する。入学早々サファイアを師匠と扱ってきた求。原作ではかなり舐め腐った発言をしたせいで本気になった緑輝に分からせられたせいなのだが、アニメでの経緯はそこまでではないらしい。緑輝自身も求の向上心を認めて弟子として教えてきたが、自分以外と交流を持たないことに何かしらの事情を察しつつも深くは追求してこなかった。しかし今回のことで一歩踏み出し求と話してみようとする。原作では求から緑輝に事情を話す流れだったが、これはこれでらしい感じの展開ではある。エンジョイ勢に近く完璧超人のように見えて年相応に弱いところを見せるのは、実に葉月の恋愛話に首を突っ込んだとき以来かもしれない。いつの間にか先輩という立場に立たされていたという思いを共有し合う久美子と緑輝の信頼関係にグッと来てしまう。

 

低音パートの練習シーン。求を腫れ物のように扱っていることに対して愚痴をこぼす奏に、そんなに求君が気になるの?とからかう真由。奏を黙らせるためにやりこめた真由に対してお礼のジェスチャーをする久美子。なんだかんだで悪くない関係ではある。今のところは。その後久美子は部長という立場ゆえに職員室で滝から期せずして緑輝すら知らない秘密を握ることになってしまう。源一郎から求を龍聖学園に転校させたいという話をされた滝は、家族間のことなのでどうなるかわからないとはぐらかす。

 

思わぬ秘密を抱えてしまったところに緑輝がやってきて一緒に帰ることになる。緑輝にそこまで驚かなくても…と言われるが、これはうしろめたさの現れみたいなものだと思う。求は結局緑輝は何も話すことはなく謝罪し、緑輝は自分が信用されていなかったのかもしれないと落ち込む。だが久美子が京阪宇治駅の改札を抜けるとそこに求が待っていた。それにしても久美子、さきほどから驚きすぎである。部長になってもやはり黄前久美子黄前久美子のままだと少しばかり安心する。

 

宇治橋の真ん中あたりの、秀一との秘密の会話でも使われる場所での久美子と求の会話。求の話す北宇治にやってきた理由はアニメと原作では少々異なっている。原作では有名な月永源一郎の孫ということで、月永求個人として扱われないことを嫌がっていた。源一郎と滝の父親が知り合いだったこともあり、境遇の似ていた滝のいる北宇治へとやってきたのであって、姉のことは源一郎との関係にはそれほど関係してはいなかったように思ったのだが、アニメではがっつり姉の影響がある。源一郎が指導していた高校に入った姉は指導者の孫ということで色眼鏡で見られ、演奏とは無関係のところで苦労することになった。やがて求の姉は演奏に対する情熱を失い、失意のままに病気で命を落とすことになった。そのせいで求は源一郎の元で音楽をやることを避け、亡くなった姉の思い描いていた楽しい吹奏楽をやるために北宇治へやってきたのであった。緑輝にそのことを話さなかった理由は姉に似ていたから。ただ音楽が好きで楽しくて、みんなと一緒に上手くなりたいということだけを考えている人(そ、そこまで単純ではないと思う…)。緑輝は求の失っていた光そのものであったに違いない。

 

別れ際に龍聖学園に転校するつもりはないという求だが、久美子は求のことを本気で心配している源一郎と樋口に話してほしいと言う。このとき後ろの窓ガラスに映っている車両通行止めの標識が意味深。気持ちは演奏に出る。久美子はこのメンバーでコンクールで最高の演奏がしたいと素直な気持ちを口にする。それはみんな揃って北宇治だという久美子の理想に他ならない。その瞬間車のライトが二人を照らし出す。久美子の言葉に入学して以降初めて見るような満面の笑顔を見せる求。久美子が姉にメッセージを送るのは、求の姉のことを少なからず意識したのだろう。

 

部活の練習時間、求は久美子に源一郎と樋口にこれまでのことを話したと報告してくる。北宇治は自分が自分でいられる場所で、自分は北宇治の人間だからここが良いと原作とそれほど変わらないセリフながら、原作と比べると恐ろしく前向きな変化に思わず驚いてしまう。求が緑輝のところに行くと、緑輝は何か一緒に弾きませんか?と事情を聞かずに求を促すのであった。

 

エンディングは二人の演奏する、エドワード・エルガー作曲の「愛の挨拶」。かつて姉が演奏していた曲で、墓前でもラジカセで再生されていた曲。コントラバスの二重奏による美しい旋律は、「演奏は気持ちに出るよ」と言った久美子の言葉通りに気持ちの乗ったものであるに違いない。姉の意を汲んで続けた吹奏楽で手に入れた、楽しい吹奏楽そのものがここにあった。これまで固く閉じられていた窓は開け放たれ、そこから緑に色づいた葉が舞い込む…もはや言葉は不要だろう。

 

今回は原作最終編の色んな部分を組み合わせてアレンジした話だったので確認に時間が掛かってしまった。EDで初めてわかったことだが、樋口の名前が隆から一弦へと変更になっている。読みはいづる? そして次の展開を予想させるように貼られているあがた祭りのチラシが映り、この話は終わる。最初はあまり書くことがないなと思っていたが噛めば噛むほど味が出てきて素晴らしい回だった。見比べると原作と違いすぎて半分以上アニオリ状態だが、そこに目をつぶればよく出来すぎていて怖いくらいである。サンフェスが終われば次回はあがた祭。季節は夏に移り、強い日差しはより強く光と影のコントラストを映し出す。もう楽しみしかないな。