アメリカの内戦を題材にした作品! ということでちょっと期待しすぎてしまったかもしれない。またもやA24作品だし、アメリカ大統領選挙も近いこともあってもうちょっと突っ込んだ内容かと思っていたのだがそんなこともなく、予算もハリウッド大作映画に比べれば1桁少ないくらいなのでドンパチ描写もほどほどといったところ。しかしその分エンタメとしても見られる範囲に収まっているというか、内戦で無政府状態となった地域を行く地獄めぐりツアーのような感覚でヒヤリとした緊張感を味わえる映画には仕上がっていたと思う。ホラー映画のように感じる瞬間もしばしば。
ストーリーはこんな感じだ。独裁政治に走り始めた大統領に反発した19の州が分離独立を表明、アメリカ国内は政府軍と分離独立勢力との内戦状態へと突入した。その中でもテキサスとカルフォルニアを中心としたWF(西部勢力)の快進撃によって既に大統領の本拠地であるワシントンDCの目前へと迫っていた。その状況でも大統領は依然として政府側が優勢だと電波を通じて発信していたが、14ヶ月の間マスコミの取材に応じていない大統領に単独取材を試みるため、戦場カメラマンのリーと記者・ジョエル、リーとジョエルの師であるサミー、押しかけてきた新人カメラマンのジェシーと共にホワイトハウスへ向かう。
とりあえず観た感想としては、思ったほど政治色は感じなかったなということ。宣伝などでしきりにアメリカの分断を強調しているが、アメリカの分断と言ったら貧困層か富裕層か、白人か非白人か、民主党支持者か共和党支持者かといったところだと思うのだが、この作品に関してはそういう対立はあまり問題にはなっておらず(全く無いとは言わない)、大統領の独裁政治に対して共和党支持者(テキサス州)と民主党支持者(カルフォルニア州)が手を組んで共通の敵と戦うんだから、分断っていうよりむしろ団結してないか? ファシズムに対して立ち上がった反政府軍対悪の大統領率いる政府軍の戦いであって、作中で大統領がやらかしていること(憲法違反で任期延長、FBIの解体、自国民への空爆など)を思うと、あまりにも分かりやすい悪役ムーブで大統領側に肩入れする要素はひとつもなく、ややリアリティに欠けるというか虚構感を強めているためだ。FBI解体に関してはドナルド・トランプが何度か言及していることを考えると、この大統領のモデルはトランプなんだろうか…。
以上の点を踏まえても、アメリカ内戦というセンセーショナルな題材はあくまでもジャーナリストたちの旅路を描くための舞台装置のようなものだったと思う。この作品において内戦が大局的な視点で描かれることは一切ない。主人公たちがワシントンに向かうのは内戦がもはや終盤にさしかかった時期で、そこまでに至る経緯などはあまり触れられない。最初に出発するニューヨークからワシントンは直線距離にして200kmもなさそうな距離だが、内戦によって道路が寸断されてしまったため一旦ピッツバーグ方面へ進み、そこから南下してWF(西部勢力)の前線基地であるシャーロッツビルに向かうという非常に遠回りなおよそ1400kmの工程でリーたちが遭遇する出来事を描いているのだ。
内戦により治安最悪の無政府状態となったアメリカには危険がいっぱい。さながらゾンビの出てこないゾンビ映画といったような、人もいないし車も走っていないポストアポカリプス感たっぷりの瓦礫の街を車で走る。立ち寄ったガソリンスタンドでは銃を携えた自警団がいて裏では略奪者を血祭りに上げておりちょっとした一触即発の雰囲気になったり、突然謎のスナイパーに銃撃されたり、内戦を見てみぬフリをすることで仮初の平和を維持する街があったり、見てはいけないものを見てしまったことで命の危険にさらされたりとバラエティに富んでいる。主人公側が記者ということで当然丸腰で抵抗が一切できないこともあって緊張感は常にMAX。そして戦場カメラマンとして数々の修羅場をくぐり抜けてきたリーと新人のジェシーがどのような変化を辿っていくのかというのもみどころのひとつで、終盤のリーとジェシーの対比はまさに戦場カメラマンの業を感じる展開であった。
始めから内戦についてはあまり期待せず、記者たちのロードムービーだと思えばそこまで悪いものでもなく、次に何が起こるか分からないスリルに満ちた旅が全編に渡って描かれている。特にジェシー・プレモンス演じる赤サングラスの謎の兵士がトラックに満載した死体(有色人種ばかり)を埋めている現場に遭遇してしまい、機嫌を損ねれば即射殺という状況に陥る場面はたぶんこの映画を見た全員が最悪の(そして最高の)シーンだと答えるだろう。「お前はどの種類のアメリカ人だ?」という問いかけによって殺すべき人間かそうでない人間かに選別されてしまう。どこからどう見てもレイシストで、混乱に乗じて殺戮を繰り返していそうだし、そもそも最初から全員殺すつもりでは? そんなッ雰囲気を醸し出しつつもアサルトライフルのトリガーに指を掛けたり、離したりを繰り返すことによって完全に場の空気をコントロールする男の演技はもはやホラー映画も真っ青のゾッとするような恐怖感だった。
アメリカ最後の日と銘打ってはいるが、この映画の状況になったら中国やロシアがただ黙って見ているとは思えないし、現実の日本の為替がアメリカとほぼ連動していることを考えると、この作品では「300ドルがサンドイッチ代」くらい暴落しているので日本も相当終わっている状況に違いない。もはやアメリカの最後が実質世界の終わりくらいの世界情勢になりそうだがその辺は深く突っ込まれず、最後に大統領をブッ殺したら全部終わり!くらいの能天気さなので、その辺の解像度の低さがこの映画のエンタメっぽさに繋がっているのだと思う。ぶっちゃけこの邪悪な大統領なら追い詰められたら核ミサイルのボタンくらい押してしまいそうなものだが、そこまではやれなかったか。最後にひとつ、この映画の音響は本当に良かった。銃声に関しては並の戦争映画が裸足で逃げ出すほど嫌な気分になったので、そういう意味では映画館で見る価値がある。