四十の一部始終

今年で四十歳になりました。二日に一回更新が目標。

野菜泥棒の終焉。

 

十二月も後半に差し掛かった頃、警察から電話が掛かってきた。

期限付きで、昨日から午前4時~5時半の間、畑の周囲で張り込みをしている。

この一ヶ月、孤独な戦いを続けてきた自分にとってはあまりにも頼もしい一言。

それだよそれ、それをずっと待っていた!

 

日中の農作業に加え、不寝番や本格的な冬の寒さが重なって疲労が蓄積し

もはや立っているだけでもやっとの状態で、限界が近づいていた。

だが犯人を捕まえるまでは絶対に倒れない……。

怒り、そして不安で心の中を満たし、薬の力を借りることでかろうじて動いていた。

だが警察が見ているなら安心だろう。

この日、一ヶ月ぶりに深い眠りに就くことができた。

 

しかし現実は非情だった。

翌朝畑に行くと、真新しい大根の葉が撒き散らされているではないか!!!

警察が張り込んでいただけに、余計にガッカリしてしまい全身の力が抜けていった。

そして監視カメラのSDカードの容量が残り少ない状態で

録画開始してしまっていたので一時間しか映像が残っていない。

なんたるイージーミス……ここのところこういったミスが増えていた。

 

かろうじて身体を支えていた精神力まで萎えていくように思えた。

だがここで諦めて戦いを止めてしまえばそれこそ犯人の思うツボだ。

最後の力を振り絞って、警察に電話した。

この窃盗事件担当の刑事に繋いでもらい、張り込んでいることへの礼と

また野菜が盗まれたが、その日は午前一時までは自分で畑を監視しており

監視カメラの映像も午前二時までは残っていることを告げた。

 

そこから導き出される結論は、二時~四時の間が犯行時間であるということ。

現在の監視体制に加えてそれだけの時間警察が張り込むことになるが

今の時期、それはあまりに過酷な条件だと言えた。本当にやってくれるだろうか?

計画を練り直しますという刑事の発言からはどちらに転ぶかはまだ分からなかった。

 

次の日、午前一時まではなんとか起きてカメラを設置した。

そして朝になって録画を確認すると、午前二時から怪しい車がやってきて

数人が畑の周囲をうろついているではないか。

私服警官であることはすぐに分かったが、あまりにも動きが怪しくて

こんなの誰も近寄ってこないだろ! と感じたが

やってくれるだけありがたいことなので警察には何も言わなかった。

 

だがそれを見て警察がついに本気になったのだと悟った。

これで午前二時から五時半までの監視体制となり

最も不安だった時間帯が盤石の守りとなった。

だが犯人がこの怪しい監視者たちを見ることによって

犯行時間をずらすかもしれない可能性を考えると、不安は払拭されなかった。

結局この日は犯人は現れず。

 

その翌日。

深夜の天気予報は雨。

これまでは雨の日はカメラを野外に置いておけないこともあって

監視の目を緩めていたが、そういう日に限って野菜泥棒はやってきていた。

だからこの日は予感があった。今日、絶対来るに違いないと。

そして全ての力をここで使い切るつもりでやろうと決意した。

万が一の可能性を考えて、空白の時間を作らないように

警察が来るはずの午前二時までは自分で監視するのだ。

 

だが何もないまま午前一時半を迎えようとしたとき

昨日の録画に映っていた警察の車がやってきた。

自分は降りてきた私服警官に挨拶をし、よろしくお願いしますと頭を下げた。

できれば犯人逮捕の瞬間を見届けたかったが、もう限界であった。

そしてふらふらと自分の部屋に戻り、布団に潜ると泥のように眠った。

 

翌朝、警察から電話が掛かってきた。

犯人が、捕まりましたと。

その報せを聞いた時、思わず目頭が熱くなり、身体が崩折れた。

感無量だった。これまでの戦いが報われたのだ。

被害届けの手続きを家人に任せ、昨晩置いたカメラの映像を確認してみると

犯人逮捕の一部始終が映っていた。

 

自分が眠りについて間もなくのこと。

犯人が現れ畑に入っていく。警察が張り込んでいるとは知らず、余りにも無警戒に。

すると畑の周囲から、どこに隠れていたんだという人数の私服警官が集まってくる。

一斉に集まった警官に囲まれ、尋問を受け、連行されていく犯人。

その姿はあまりにもちっぽけで、あまりにも情けない。

安堵のため息が漏れた。

本当に捕まえたのだという実感が湧き、疲れがどっと押し寄せてくる。

永遠にも思われた長い一ヶ月が、ようやく終わりを告げた。

 

犯行動機は「食うに困っていたから」だそうだが

正直言ってまるで同情は湧かなかった。

一ヶ月の間に十回以上も盗みを働いたのだから

完全に味をしめていたとしか思えないのだ。

万引きのような、盗みの快感も少なからずあったはずだ。

自分の受けた肉体的・精神的苦痛を思うと、犯人を許す気分にはとてもなれない。

 

これは捕まってから分かったことなのだが

近所でもウチ以上に野菜泥棒の被害に遭っていた農家があったのだ。

犯人の手口から言って同一犯と見て間違いはなかった。

警察が今回の捜査に本気になったのもきっとその影響があったのだろう。

余罪は数十件あるかもしれないとのこと。

犯人がこれからどうなるか、法の裁きが下るまではもうしばらくかかるはず。

警察には全面的に協力するつもりだ。

今回の件については警察には感謝しかない。

 

そして今はゆっくり休みたい……それだけだ。

年末に向けて仕事はさらに忙しくなる。

週末はスーパー銭湯にでも行って身体を労ろう。

これで安心して新年を迎えられそうだ。