四十の一部始終

今年で四十歳になりました。二日に一回更新が目標。

『アルプススタンドのはしの方』鑑賞。

12月22日にNetflixでの配信が終わるというので、その前に見ておこうと思った『アルプススタンドのはしの方』。初めて観たのは2020年の夏、緊急事態宣言だったかまん延防止等重点措置だったかは覚えていないが、いまでこそ多少緩くなったもののコロナウィルスであらゆるものが”しょうがない”で済まされていたときだった。そんなときにこの映画に出会ったのは僥倖だったのかもしれない。

 

舞台は夏の全国高校野球大会一回戦。初出場の東入間高校は野球部以外の生徒たちも応援に駆り出されていた。アルプススタンドを東入間高校の関係者が埋め尽くす中、それに遅れてやってくる四人の男女の姿があった。演劇部の安田あすはと田宮ひかる、元野球部の藤野富士夫、そして成績優秀で帰宅部の宮下恵。空いていた観客席の端っこに偶然集まった四人だったが、それぞれが心にわだかまりを抱えており野球の応援にもいまいち熱が入らない。その理由は徐々に明らかになっていく。

 

上映時間は75分。作品のほとんどは野球場の観客席で、冴えない高校生四人による会話劇が繰り広げられるというミニマムな映画である。それもそのはず、元々は高校の演劇大会で上演されたものの映画化なのだ。夏の高校野球なんだから舞台は甲子園のはずだが、どう見ても撮影場所は甲子園ではなくどこかの市営球場なので、甲子園じゃなくて地方予選か何かかと思ったほどだ。いかにも低予算なルックスの映画で、最初は出ている俳優を誰一人として知らなかった。

 

そこそこ評判が良かったから見に来てみたはいいものの、一体なんなんだこの映画と最初のうちは不安になり、若干の白けムードすら漂っていたのだが、劇中の試合展開とリンクするかのように視聴に熱中し、些細な事はどうでもよくなっていた。むしろ今ではその全てが愛おしく感じられるほどだ。

 

野球場が舞台なのに、野球のシーンが映ることは一度もない。最初はその試合の行方にも大して興味は湧いてこない。そこに応援を強要してくる、いかにもな感じの熱血教師が出てきて最初は鬱陶しく感じていた。見ている側としては高校生活の嫌な思い出ばかりが蘇ってきて、良いこと言ってる風のセリフのひとつひとつがまるで響いてこない。

 

しかしそのイニングが進むにつれ、四人の会話から色んな事情が分かってくる。田宮は安田になんか遠慮しているし、藤野は野球部に対してなんだか屈折した感情があるし、野球部のエースに何か思うところがあるらしい。そして宮下は吹奏楽部の部長である久住を意識している。世の中うまくいかないことばかりだ。もはや必然のように端の方に集まることになった、何かを諦めてしまった四人。しょうがないという魔法の言葉で誤魔化すしかない。

 

しかし一度も画面に映らない名脇役、あるいはこの映画の本当の主人公かもしれない野球部の万年補欠、矢野が初めて試合に出ることになり状況が一変する。人生送りバントという熱血教師の言葉が現実になるかのような、矢野の送りバント。それを境に苦戦していた強豪校相手に健闘しはじめる野球部に対して、何かを諦めていた四人の応援が徐々に熱を帯びてくる。諦めてしまった彼らの前で、諦めずにバットを振るう高校球児たちを応援せずにはいられない。見ることのできないはずの試合が、このときは確かに見えていた。

 

最後の吹奏楽部が心変わりするくだりだけちょっと取って付けた感があったが、映画で付け足された部分だと聞いて納得した。だがそういったところに気を配る優しさもこの映画の持つ美点だと思って受け入れている。決してクラスや部活の中心にはいられなかった端の方の人間にだって青春はある。この作品の持つ眼差しは、とても優しく感じられたし、その優しさで限りなく黒に近い灰色の青春時代だった頃の自分が、少しだけ救われたような気持ちになって最後は涙が溢れた。

 

愛すべき作品という意味で、個人的には人生でもかなり上位に入る作品なのだが、中村守里演じるメガネっ娘の宮下恵が、もう絵に描いたような地味顔のめちゃくちゃ眼鏡が似合う女子だったので、余計に加点している。