四十の一部始終

今年で四十歳になりました。二日に一回更新が目標。

『すずめの戸締まり』鑑賞。

公開日に観たものの、観終わった後に少し思うところがあったのでどうしたものかと一週間ほど間を開けることにしたのだが、結局考えは変わらなかったので、思うところをそのまま書くことにする。

 

単刀直入に言って、とてもよく出来た作品だったと思う。これまでの男子高校生から一転して女子高生を主人公に据え、前半はかわいいマスコットをお供に、笑いあり涙ありの列島横断ロードムービー。旅先で出会うのは皆いい人ばかりでテンポも良くストレスなど感じようはずもない。後半はかつてあった災害を回顧し、それも含めて前に進んでいこうという力強いメッセージを含みつつ、クライマックスでは物語もアクションもスケールが一段と大きくなり否が応でも盛り上がる展開になっていた。

 

前作・前前作はRADWIMPSのMVなどと揶揄されていたこともあったが、そういった勢いに頼った演出も封印し、ティーン向けの恋愛主体の物語からより広いターゲットを想定した、老若男女が楽しめるファミリー映画となった。

 

今回は『君の名は。』から8年にわたる新海誠ディザスタートリロジー(と呼ぶことにしよう。略してDT)の集大成にしてその区切りとなる作品であることは間違いなく、これまで以上に多くの人に愛される作品になるだろう。

 

 

 

だけど……自分には刺さらない作品だった。

 

ターゲットを広げるほど表現の幅が狭くなるのは皮肉である。粗く尖っていた部分を丁寧にやすりに掛け、綺麗で滑らかな切り口の作品になったなというのが『すずめの戸締まり』に対する率直な感想である。

 

作品作りにあたって様々な制約が存在することは想像に難くないが、今回は鑑賞中ずっとそれが気になっていた。これならどんなに作りが粗くて話が暗くて反社会的でビターなエンドと言われようと『天気の子』のほうが好きだったと自分なら言う。つまり『すずめ』は自分の好みからは外れていったことを意味する。

 

ただそれは必要なことだったのだと思う。『君の名は。』『天気の子』でも災害は描かれていたし、それが3.11の影響であることは誰の目にも明らかだっただろう。より多くの人間に観せるということは、誤解されるようなメッセージを発信することは避けなくてはならなくなる。そして『すずめ』ではついに東日本大震災そのものが扱われる。

 

『すずめ』でも震度4くらいの地震では誰も驚かなかったり、海岸線沿いにずっと高い壁が続き、人が住まなくなって自然が戻りつつある場所での当事者とそうでない者の認識の差など、作品内でもとりわけ印象に残るシーンがある。監督はこの映画を見ても震災を連想しない人間が1/3程度はいると見積もっており、既に過去のものになりつつある東日本大震災を、婉曲した形でなく直に出したかったという義務的な感情も理解できる。

 

大ヒット監督として、強い影響力を持つ一人間として、『すずめの戸締まり』は誤解されない正しい作品でなければならなかった。この辺の監督の意図は入場特典の”新海誠本”や週プレのインタビューを見たら全部書いてあるので、もう受け入れられるかそうでないかの差でしかない。

 

 

そういう意味ではこの作品は正しい。だからこそ、自分には刺さらなかった。正しいものが全てを救うとは限らないのだ。でもそれは新海誠監督のせいではなく、この時代のせいである。

 

 

 

 

 

 

思えば新海誠作品を初めて見たのは2002年のこと。アニメーション映画としてのデビュー作である『ほしのこえ』が発表されたが、時を同じくして『Wind -a breath of heart-』というPCゲームのOPムービーを担当しており、そこが初めての出会いだった。

 

このときの美少女PCゲームはアングラな市場でありながら大変な盛り上がりを見せており、新海誠はそこ突如として現れた超新星のようだった。その映像のクオリティは当時のエロゲーにはあまりにも不釣り合いなものであり、エロゲーなのにムービー買いなどという行為も発生するなど、局所的ながらちょっとしたムーブメントを呼んだ。

 

ゲームの方は正直あまり面白くなかったのだが、新海誠の名は強く脳に刻み込まれることになる。新海誠の作品はなんかエロゲーっぽいよねというイメージは、明らかにこのときの印象によるもの。新海作品を観るのはある意味その時代の空気感を思い出したいからというノスタルジックな動機は多少ある。

 

その後は『はるのあしおと』『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』といった作品に触れ、2007年に自衛官になったと同時にエロゲーもアニメも何もかもから一時的に足を洗ったのでそれほど動向を気にすることはなくなっていたのだが、2016年に『君の名は。』を世に放ってからは一躍大映像作家の仲間入りである。思えば遠くに来たものだ……。

 

『すずめの戸締まり』はこれまでより明らかに一皮向けた作品であり、新海誠はさらなる飛躍の兆しを見せている。それはより自分の好みからより外れていきそうな予感であり、少し寂しさを覚えるのだが、変にアンチ化などせず生暖かく見守っていきたいものである。

 

鈴芽の友人でクラスメートでもある赤フレーム眼鏡の子を見たら、Z会のCM『クロスロード』を思い出したので家に帰って見直したけど、やっぱ良い。二十年前のことに思いを馳せながら、あと100回ぐらい見たい。