四十の一部始終

今年で四十歳になりました。一日一回更新が目標。

『渇きと偽り』鑑賞。

オーストラリアの平均降水量は日本の三分の一しかないらしい。この映画を見たら、日本の豪雨災害をちょっぴり分けてあげたい気分になった。乾いた大地は心を痩せさせるから。

 

『渇きと偽り』の舞台はオーストラリアのキエワラという架空の街。知人の葬儀のために二十年ぶりに帰郷した連邦警察官のアーロンは、家族を殺害してから自殺したという知人の死に不審なものを感じ独自の捜査を開始する。過去にアーロンが巻き込まれたガールフレンドの変死事件との関連性を匂わせつつ、街の住人の妨害に遭いながらも事件の真相に迫っていくというミステリー映画だ。

 

二十年ぶりに帰ってきた故郷の街は、オーストラリア全土を襲っている気候変動の影響で、干ばつによって見る影もない。そして土地は広いが住民は少なく誰もが顔見知りである。人の出入りが少なく、久しぶりに帰ってきたアーロンのこともあっという間に広まってしまうので、おかげで誰もが疑わしく見え、ミステリーの舞台としてはお誂え向きと言える。

 

保守的で排他的で閉鎖的な田舎の陰湿な嫌がらせというのは日本もアメリカも、そしてオーストラリアも変わらないんだなという印象。干ばつのせいで地元住人の心が荒んでいるから……というのはもはや関係が無さそうなくらい似通っている。かつてアーロンがこの街を出ることになったきっかけも、冤罪による嫌がらせが頻発するようになったからで、過去の事件のことで現在においてもを苛烈に責め立てる人間がいるのは、ああそういうことねと納得してしまうし、そういうことだったのか! という驚きも最後に味わえた。

 

過去と現在の事件が並行して進んでいくことになるのだが、この街はとにかく嘘つきが多いのでミスリードが多発する。そのおかげで展開がまるで読めないという意味では良質なミステリーだった。犯人の予想はもちろん外れた。

 

しかしその結末はどうしようもなくやるせなく、気分はどんよりと沈んだ。テイラー・シェリダンの『ウィンド・リバー』ほどの重さではないが、雰囲気はよく似ている。既に続編の制作に取り掛かっているというので、わりと楽しみである。

 

「嘘を吐き続けると第二の天性になる」

この言葉はこれからも胸の中にしまっておきたくなるくらい良い台詞。

 

あまりにも荒涼とした風景の映像が続くので、入場前に飲み物を買わなかったのは失敗だった。